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サマセット・モーム『月と6ペンス』— 家族を捨て、画家になった男

サマセット・モームの『月と6ペンス』を読み終えました。
物語自体はとても読みやすかったのですが、読後の余韻というか、頭に残っているイメージが凄まじくて、なかなか離れてくれません。
世間一般では、主人公のストリックランドは「40歳を超えてから画家を目指し、家族を捨てた、狂った変人」と捉えられることが多いと思います。でも、私には彼こそが「本物の芸術家」に見えました。
自分の内側にしかない正解を、一切の妥協なく形にする。そのために他のすべてを切り捨てる潔さは、狂気というよりも、表現者としての究極の誠実さのように感じます。
特に印象に残っているのは、彼が最期にタヒチの小屋に残したという壁画のシーンです。
ストリックランドは晩年は目が見えなくなっていたのですが、一体どんな絵を描いたのでしょうか。

「精密」「不思議」「圧倒的」「感動」「驚異的」「官能的」「情熱的」「黒魔術」…。これらが融合する壁画とは、一体どんな絵だったのか。読了後も頭から離れてくれません。

きっと彼は、目が見えない中、一筆一筆をとても精密に、丁寧に置いていったのではないでしょうか。
視力を失いつつある恐怖の中で、自分の記憶と指先の感覚だけを頼りに、脳内のビジョンを正確に壁へ写していく、静かで情熱的な行為。
もしかしたら、マチエール(絵の具の凹凸)を使って、指で絵を感じていたのかもしれませんし、頭の中のキャンバスに1mmのズレもなく正確に壁に写し出していたのかもしれません。

その絵の中に、私は一つの色を思い描いています。
それは、ストリックランドの絵画らしい原色の赤色や黄色ではなく、もっと生々しく、熱を持って脈打つ「生きている臓器のようなピンク」です。
臓器のようなピンクの中に、おどろおどろしい血のような赤や、太陽のような黄色、そして漆黒の輪郭線。
それらが緻密に重なり合い、バスキアのような破壊性と、エゴン・シーレのような死と官能性が混ざり合ったような、圧倒的な「命の色」が壁一面に広がっているイメージです。

読み終わったあと、どうしても「このイメージを自分の手で描いてみたい」と思ってしまいました。
私は画家ではありませんし、あの凄まじい景色を再現することなんて、絶対にできないと分かっています。それでも、そうせずにはいられないような、強い衝動に駆られました。

誰かに理解される必要なんてない。ただ、自分の中にだけある「月」を、誰にも邪魔されない場所で形にする。
そんな、作り手としての孤独で幸福な覚悟を、真っ向から突きつけられたような気がします。

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